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2011年08月13日(土)更新

追悼:営業の神様 笠 榮一さんから学んだ24の教え

日興證券時代の上司としてお世話になり、
人生の先輩として敬愛し、父のように兄のように慕っていた
笠 栄一さんが、急逝されました。
 
拙著や講演で、「営業の神さま」として
いつもご紹介していた、あの笠さんです。
 
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
 
◎突然の旅立ち
 
ご郷里、久留米でのお通夜で再会した、笠さんの旅立ちのお顔は、
あまりに痩せ細っていて、あまりに静かでした。
 
まるで別人でした。
 
手を合わせながら、ふくよかでにこやかな遺影との
大きな差に胸がしめつけられました。
 
昨夏、胸にリンパ腫が見つかり、
笠さんは手術を受けました。
 
笠さんを慕う数多くの経営者や医療関係者のみなさまの助言で
ありとあらゆる治療法を試されていました。
 
決して気力も失わずに、闘病しながら元気に仕事を続けられ、
今春も、元気な様子で会社に遊びに来てくれたのです。
 
しかし、七夕の日、笠さんのお誕生日にお電話をすると、
ひどく咳き込まれていました。
 
奥様の話では、入退院を繰り返されていたそうです。
 
それでも、容態が落ち着いたとのことで、
お盆明けにはお見舞いに伺う予定でした。
 
あと10日、神様が余裕をくだされば、帰省したお子さんたち
お孫さんたちと楽しく再会できたでしょう。
 
私も、お礼の数々を直接お伝えすることができたのに、
本当に残念でなりません。
 
 
◎信頼される人 好かれる人
 
しかし、神様は小さなチャンスを
私に下さいました。
 
雑誌CIRCUSの大崎さんから、
「信頼される人、好かれる人」という特集で、
インタビューの依頼を受けたのです。
 
それは、偶然にも、
笠さんのお通夜の翌日でした。
 
このテーマをお聴きして、真っ先に
笠さんの生き方が目に浮かびました。
 
笠さんの訃報を、大崎さんにお話しすると、
 
 「富士山頂から暑中見舞いを
  出された方ですよね」
 
と、よく憶えていてくださいました。
 
私は、気がつくと、2時間近くも
笠さんのこと取材で話していました。
 
それでも、語り尽くせなかった
笠さんの教えの数々。
 
本当なら、いつか笠さんと対談しながら本にして、
教え子たちに伝えたかったのです。
 
いまどきセールスという仕事は
軽く見られがちです。
 
しかし、それは人間しかできない、
人間中心の心あたたまる仕事です。
 
それが、知情意をフル稼働する創造的な仕事であることを
イマドキの若者たちに伝えたかったのです。
 
笠さんの教えを、私の弔辞の代わりとして、
ひとつひとつ思い出しながら記したいと存じます。
 
 
◎笠さんから学んだ24の教え
 
■1 沈黙は金
 
 トップセールスというと「立て板に水」
 口から生まれて来たような人をイメージするかもしれません。
 
 しかし、笠さんは、むしろ言葉少なです。
 多くを語りません。
 
 それでも、十分に真心は伝わるのです。
 
 
■2 だけど時には雄弁
 
 ところが、いざ語るべき時が来ると、
 突然のように熱弁をふるうのです。
 
 ちょうど、一流の演奏家が、上手に
 ピアニッシモとフォルテシモを使い分けるように。
 
 だからこそ、相手の心に響くのでしょう。
 
 
■3 強面にみえるけど福相
 
 笠さんは、一見すると仏頂面で
 怖く見えるかもしれません。
 
 しかし、百戦錬磨で人に厳しい?私の次弟をして
 笠さんほど人相が良い人はないと言うのです。
 
 福相とは、決して見かけの話ではなく、
 内面からにじみでるものなのですね。
 
 
■4 わけへだてなく親しく接する
 
 お通夜翌日の朝礼で、社員のみなさんに
 笠さんとの思い出について聞きました。
 
 笠さんが来社され、私を呼び出す間の
 わずかな時間に接した印象です。
 
 そんな一瞬のふれ合いでも、笠さんは
 誰にでも優しく接してあたたかみがあると
 みんなが答えました。
 
 きっと、笠さんが、受付嬢や秘書にも人気があるのは
 偉い人だけにへつらう姑息な人ではないからでしょう。
 
 
■5 知的好奇心と質問魔
 
 もう一つ、社員のみなさんの感想で印象的だったのは
 笠さんは、よく質問をしてくれたという話です。
 
 普通、社長に直接会えるような人は、
 取り次ぎの若い社員や、入口に飾られた展示物などに
 興味を持たないものです。
 
 しかし、笠さんは、ひとり一人の社員にも
 あたたかい眼差しで、関心を寄せていただき、
 一期一会の心の交流をしてくださったのです。
 
 
■6 寅さんのように女性にやさしい
 
 笠さんと、日興證券で支店まわりをした時に、
 支店の女性に気さくに声をかけることに驚きました。
 
 もちろん、生来、女性が好きだった?とは思うのですが、
 それは、寅さんのように広くて深いプラトニックな想いでしょう。
 
 絶妙の間合いで、あっという間に心打ち解けるのですが、
 決して一線を超えることなく、みんなの幸せを祈る、
 まさに寅さんのようなおつきあいでした。
 
 
■7 お客様の無理難題が大好き
 
 笠さんは、個人営業からスタートして
 かのトヨタや地方金融機関まで、空前のセールス実績を誇りました。
 
 しかし、すごいお客様ほど、見込みがあるセールスには
 無茶なリクエストをするものです。
 
 ところが、笠さんの話を聞くと、
 ムチャを言われた時やクレームの時こそ絶好のチャンスだと、
 いつも以上に張り切ったそうです。
 
 
■8 お客様のために会社や上司と戦う
 
 笠さんほど、偉い上司とケンカをする人を
 見たことがありません。
 
 ある時は、お客様のため
 ある時は、部下のため
 
 妥協しなかったのです。
 
 その根底には、笠さんが決して譲れない理念
 正義や義理人情を守る心があったのでしょう。
 
 ですから、日興證券の中では出世は難しくとも、
 お客様にも部下にも信頼され続けました。
 
 だからこそ、生涯にわたって現役として活躍して欲しいと
 引く手あまただったのです。
 
 かつての同僚たちとも
 一生のつきあいでした。
 
 
■9 KNOW HOWよりKNOW WHO
 
 笠さんは、天性のネットワーカーで
 社内外に笠さんのためならというファンがいました。
 
 笠さんは、お客様の無理難題に応えるためには
 自分のノウハウより、スペシャリストの
 ネットワークが大切だと知っていたのです。
 
 だから、お客様のリクエストに応じて
 社内外の一番優秀な人たちを連れて行こうと
 日々努力されていました。
 
 
■10 他部門の部下までかわいがる
 
 お客様の高度なリクエストに応えるためには
 社内の優秀な若手とのネットワークが欠かせません。
 
 普通の人なら、自分の出世のために
 派閥づくりに奔走するところですが、
 
 笠さんは、お客様のために
 他部門の優秀な若手までかわいがっていました。
 
 そして、大切なお客様に同行させてくださり
 社内で一番優秀な若手をつれてきましたと
 お客様の前でほめてくださるのです。
 
 頼られる若手スタッフの
 やる気がでないはずがありません。
 
 
■11 電話まめ、訪問まめ
 
 笠さんと私は、本社と隔離された?
 特別な一室を与えられて仕事をしていました。
 
 その部屋にいる時、笠さんは、
 いつでも誰かに電話をしていました。
 
 そして、思い立ったが吉日と
 社内であれ、社外であれ
 すぐに飛んで行き、直接会うのです。
 
 日興證券を離れて、20年近くたっても
 笠さんから電話と訪問が途絶えることは
 ありませんでした。
 
 
■12 筆まめで達筆な奥さま
 
 笠さんは、決して筆まめではありませんでしたが
 達筆な奥様から、いつもお手紙を頂戴していました。
 
 ある時は、ご夫婦で800枚もの暑中見舞いの
 お葉書を背負って富士登山。
 
 山頂の消印を押してから
 ご縁のあるみなさまにお出ししたそうです。
 
 そこまで、おつきあいしてくれた
 奥様がいてくれたからこそ
 笠さんのネットワークが広く深く育ったのでしょう。
 
 
■13 金の切れ目を縁の切れ目にしない
 
 金融機関の人は、支店や担当が変わると
 以前のお客様には、手紙を出さない人が多いものです。
 
 しかし、笠さんは、入社したての頃にお世話になった
 お客様にまで、手紙を出し続けました。
 
 こうしてご縁を大切にしたことが、
 日興證券グループで勤め上げた後、
 トーマツの顧問に就かれた時に花開いたのです。
 
 
■14 相手を一個人として敬愛
 
 私の拙い講演で、必ずお話をさせていただくのが
 お客様とご縁を結ぶための16か条。
 
 その中でも一番大切なことは、
 
 「これからお会いするお客様が
  個人的に好きなものやことを知ること」
 
 それさえできれば、
 
 「セールスは半分以上終わったも同じ」
 
 笠さんに、そう教えていただいたのです。
 
 そんなことは、当たり前のことだと
 思われるかもしれません。
 
 ところが、先日、某大手証券の支店長が
 私のところに初セールスに来た時には、
 何一つ私のことを調べていなかったのです。
 
 5分もあれば、私が愛するものなど
 カンタンにネットで調べられるのに...
 
 
■15 経営者と同じぐらい商品に惚れ込む
 
 笠さんは、晩年、ベンチャー企業の
 サポートをライフワークにしていました。
 
 九州中の有望企業の経営者に会っては
 投資や提携のお手伝いをしていたのです。
 
 笠さんとは、私が家業を継いだ後も、
 年に数回はお会いして教えを受けていました。
 
 毎回、経済情勢や相場のことに加えて
 ユニークな経営者の挑戦についてお話を聞くのが
 楽しみで仕方がありませんでした。
 
 まさに、ご自身が経営者であるかのように
 熱く楽しく語ってくれたのです。
 
 
■16 鞄の中は仲良し経営者のサンプルだらけ
 
 そして、笠さんの鞄の中には、
 応援している会社の資料と商品のサンプルが
 いつも山ほど入っていました。
 
 まるで、寅さんのように
 オモシロおかしく商品の説明をしてくれました。
 
 おそらく、その会社の経営者やセールスが聴いたら
 大感激するでしょう。そして聞き惚れるでしょう。
 
 上場益ねらいや、手数料稼ぎのベンチャー支援屋が多い中、
 笠さんは真のベンチャー支援をしていたのです。
 
  
■17 自腹でおごる
 
 もちろん、笠さんは証券会社の法人担当でしたから
 会社経費の接待もたくさんしたそうです。
 
 しかし、私を飲み食いに誘ってくれる時は
 もちろん、いつでも自腹でおごってくださいました。
 
 たとえ食事をごちそうしていただいても
 領収書をもらう姿を見ては幻滅するものです。
 
 笠さんがご来社くださった時のランチは
 これまでのお返しを少しでもしようと、
 領収書なしのごちそうにお誘いしたのです。
 
 
■18 いつも人を驚かせる贈り物
 
 笠さんは贈り物の達人でした。
 
 いつもあっと驚くものや、
 笠さんならではのものを
 贈ってくださったのです。
 
 はじめて口にする大きな果物もあれば
 日光東照宮の縁起物の絵馬もありました。
 
 いつも縁者を喜ばせようと
 気働きをしていなければ
 見つけられない逸品ばかりでした。
 
 
■19 縁者の贈り物を身につける
 
 笠さんに初めてお会いした時、
 今は亡き父は自慢の販促物=社名の入ったベルトを
 プレゼントしました。
 
 おしゃれな笠さんに、そんなベルトを贈ったら
 失礼ではないかと、私は思いました。
 
 しかし、笠さんは、それ以降、
 私の会社を訪れる時には、
 必ずそのベルトを見つけて現われ、
 父を喜ばせたのです。
 
 
■20 細かく指示をしないで考えさせる
 
 最初は、笠さんからの指示にとまどいました。
 
 「おい」「あれ」
 
 とにかく、短い言葉で、具体的に
 話してくれないのです。
 
 しかし、笠さんの気持ちにシンクロしようと
 心を働かせているうちに、だんだん
 何を言おうとしているかわかるようになりました。
 
 笠さんは、セールスの、コミュニケーションの神髄、
 阿吽の呼吸について教えてくれたのです。
 
 
■21 信頼して任せきる
 
 中途採用で証券セールスの経験もないゲームデザイナーの私は、
 相続診断システムを創る責任者を任されました。
 
 それなのに、笠さんは私を信頼してくれてか
 何も細かい注意をしませんでした。
 
 逆に、それが、私を発奮させてくれ
 同時に注意深くもしてくれました。
 
 それが、今となっては
 弊社の若手スタッフを伸ばすための
 大きなヒントになっています。
 
 
■22 勝手に情報コンシェルジュサービス
 
 笠さんからは、定期的にどさっと
 分厚い資料が届きました。
 
 それは、笠さんがチェックした
 興味深い記事のスクラップブックでした。
 
 多くの証券セールスが、会社が用意した
 レポートを機械的に送るだけなのに、
 笠さんは、いつも自分が納得した情報を
 編集して送ってくれたのです。
 
 私のメルマガ、ブログ、ツイッターに至るまで
 情報発信のヒントは、笠流にありました
 
 
■23 感動体験につきあってくれた
 
 今でも忘れられないのは、笠さんとの二人旅です。
 
 私が日興證券を退職し、父の会社に戻る際、
 伊勢神宮、比叡山、高野山と聖地を巡って
 お清めと祈願をしようと思いました。
 
 その話を、笠さんにしたところ
 一緒に回ろうということになりました。
 
 父のオープンカーを貸してもらって
 二人して、里山を駆け抜け、
 祈願をして回りました。
 
 ご自宅や、お友達の家にも
 泊めていただきました。
 
 
■24 感動的な体験に誘ってくれた
 
 もちろん、笠さんから個人的な楽しみ
 感動的な体験に誘われたことも多かったのです。
 
 例えば、尾瀬を一緒に歩いたのも
 今では貴重な思い出です。
 
 仕事だけのつきあいなどつまらないと感じるのも
 公私混同で共に感動を共有したいと願うのも
 笠さんの影響が大きいのです。
 
 
今日、新日本フィルの「新世界から」を聴きながら
笠さんの面影が浮かんで来て、目頭が熱くなりました。
 
寅さんの映画を見て、家族で笑いながらも
笠さんの面影とだぶって、胸が熱くなりました。
 
これからも、笠さんの教えを守りながら、
社員共々、一歩ずつ精進して参りたいと思います。
 
笠さん、いつまでも見守っていてください。
 
そして、いつかまた別の世界にて
お会いした時には、楽しい話を聴かせてください。



久米 信行拝
 

2009年08月01日(土)更新

ハワイのデザイナー×フラダンサー「シグ・ゼーン」さんと日本文化を語り合う

 

ハワイ在住のデザイナーでフラダンサー「シグ・ゼーン Sig Zane 」さん
息子さんでやはりデザイナーの「クハオ・ゼーン Kuhao Zane」さんと
横浜ニューグランドでお会いして、思わぬ話で意気投合しました。



ご紹介くださったのは、ハワイの文化をこよなく愛し、
本物のフラ、ハワイアンミュージックを凝縮!日本で再現する
フェスティバル ナ・ヒヴァヒヴァ・ハワイ 2009のプロデュースをしている
アロハラボラトリー代表の篠原 健仁さんです。

フェスティバル ナ・ヒヴァヒヴァ・ハワイ 2009のオフィシャルTシャツを、
シグさんとクハオさんのデザイン×久米繊維謹製ボディでお作りする
ことになっているのです。



篠原さんは、ハワイと日本の人たちの精神性や文化がよく似ていて、
敬愛しているとおっしゃっていました。

シグさんと私が出会ったら何かが起きそうということで
引き合わせてくださったのです。



篠原さんのお話と、シグさんのインタビューを読んで、
自然や祖先に対する深い敬愛の情が感じられました。

初めて会う人にも浮かべる、とらわれのない笑顔から、
植物や生き物に囲まれて、ゆったりと暮らす姿が
浮かんできたのです。

ホテルのロビーで最初にお会いした時、
シグさんは真っ先に私のTシャツに目を留めました。

朝、どのようなTシャツを着ていくか迷ったのですが、
とっさに袖を通したのが「工房倭人作『残月』」でした。


「これは、鷹ですね。
 鷹は、ハワイの人にとって神聖なシンボルです。」



デザイナーとしての真剣な目線と
心からの笑顔で語られたこの一言で、
私はシグさんに一目ぼれをしてしまいました。

そして、ハワイと日本の文化について語り合う
ひとときは、本当に楽しいものでした。

シグさんは日本文化にも深い興味をお持ちで、
鎌倉の鶴岡八幡宮で、フラダンスを奉納したとのことでした。

もともとフラダンスも神にささげる神楽なのです。

1000年近い歴史を誇る神社と鎮守の森でのフラは
スピリチュアルな素晴らしい体験だったそうです。

そして、いつか伊勢神宮でも
フラダンスを奉納できればとおっしゃっていました。




私が、もともと神道章を持つボーイスカウトで、
伊勢神宮は五十鈴川で禊(みそぎしたこと)や

神道は、多くの人の信仰を集める
長い伝統のある宗教でありながら、

その中心にある伊勢神宮の内宮は驚くほど小さく
しかも氏子の手を借りて木を切り出し運んで
20年に一度定期的に立て替えてしまうこと

八百万の神として自然と祖先を崇拝する心と
祓いたまえ清めたまえの祓い言葉はあっても
教義や経典はなかったこと

など、私が不思議に思いながらも
素晴らしいと感じているお話をしました。



さらに、尊敬するアーチィストで「空の路地」を撮り続けている
高橋由紀子さん
伊勢神宮の御遷宮をテーマに写真展やワークショップを
していることを話しました。

「空の路地」は、まさに共生の心の象徴であり、
この作品に敬意を表して応援する神社本庁も
素晴らしいと思ったからです。


また、天皇皇后両陛下のハワイ訪問のお話にもなったので、

天皇陛下は今でも皇居の中で田植えや稲刈りを
皇后陛下も養蚕を神事として行っているとお伝えすると
シグさんは深く感動してくださいました。

余程のことがなければ、私もこうした話をすることはありません。
右翼だとか、宗教の話をするなとか言われがちだからです。
(ちなみに私はマル経のゼミで、禅寺にも通いますが....)

私が嬉しかったのは...

シグさんが、神道そのものよりも
日本人が潜在的に守ってきた自然を敬愛する文化に
それを天皇自らが人知れず率先していることに
そして神社や寺が鎮守の森を守っていることに
感動してくださったことなのです。



今度は、私もいつか
オアフではなくハワイ島に行って

シグさんたちが守っている自然や
祖先から引き継いできた文化に触れる番ですね。

とてもスピリチュアルな場所があるそうで
今から楽しみにしています。


シグさん、そして篠原さん
素敵な出会いをありがとうございました!!


 ▼シグ・ゼーンさんのホームページ
  http://www.sigzane.com/

 ▼ビッグアイランド観光局:シグ・ゼーン Sig Zaneさんインタビュー
  http://www.hawaiibigisland.jp/people012.html

2009年05月17日(日)更新

OSMCパーティ@なみへい~YouTube動画

ささはたドットコム長坂由佳さんに誘われて
神田駅南の外れのガード下、今川小路にある
リーダーズサロンなみへいで開かれるパーティへ。

ここは、川野真理子さんを慕ってが日本全国の面白い人と
美味しい食材が集まるパラダイス。

今日は、大好きな森本 繁生さんが主宰する
ONLINESHOP MASTERS CLUBのネットあきんど仲間が
結集するパーティなのです。



とにもかくにも美味しいものや欲しいもの
そして素敵なひと大集合だったのですが

どんな達人が集まったかというと....

・森本会長
・講師の笹本ハッピー先生
・新潟県長岡 サングラス まつい店長
・ギフトプチッと 小野寺さん
・スワロースポーツ 近藤さん

・スワロースポーツ 門野さん
・スワロースポーツ 矢野さん
・アンカーコム 長坂
・筑波ハム さとちゃん
・照国電気 堂園さん

・毛糸の いたさん
・まぐろの 高橋さん
・シーツの 田中さん
・たんすの 井上さん
・防犯の てらうーちゃん(大阪から遠征)

・Tシャツの 久米さん
・保険の 大井さん
・トロフィーの NSアケ
・ビギナー会員 ラッピングの りえさん
・ともクリエーションズ 渡邉さん

・キムチの やがちゃん
・筑波ハム 平岡さん
・ECネットワーク 顧客トラブルの 沢田さん
・和のキムチ  町田さん(長野県から)
・都内で飲食店経営 Wil-bの 牧山さん

・都内で飲食店経営 Wil-bの 副社長の真瀬さん
・eラーニング教材のウォンツ ホマレさん(本社は福井県)
・はんこの 小林さん(福井県から)
・アイビル 川田さん

ご案内メールそのままで、
リンクもなしの不親切な紹介で
申し訳ありませんが....

知っている人は知っている
すごい達人ばかりでした。

みなさん美味しいものと
楽しい話をありがとうございました。


 ▼ONLINESHOP MASTERS CLUB
  http://www.osmc.ne.jp/

 ▼リーダーズサロンなみへい
  http://www.namihei5963.com/


久米 信行 写真言葉
国産オリジナルTシャツ@久米繊維
グリーン電力×オーガニックコットン×アート@T-galaxy.com
ブログ起業論講師@明治大学商学部  

2008年05月22日(木)更新

砂浜美術館Tシャツアート展2:思いがけない喜び

今年で20年目を迎える砂浜美術館のTシャツアート展。

受付で事務局のみなさんにごあいさつすると
思いがけないことが....




親ばかモードでごめんなさい。

長男が描いた「時をこえるタイムマシン」が
なんと優秀賞に輝いておりました。

時をこえるタイムマシン

「テニスや野球をする場所や畑まである
 大がたタイムマシン。まわりに時計を
 たくさん書きました」



個人的には....

次男が描いたホッキョクグマも
イイ味を出していると思うのですが....
ホッキョクグマ

砂浜美術館の立役者、松本敏郎さんによれば、

記念すべき20周年の審査員でTシャツアート展発案者でもある
北出 博基さん(フォトイラストレーター)
梅原 真さん(デザイナー)には

作者のプロフィールを見えないようにして
審査をしていただいたそうなので....

関係者枠?!ということはないそうです。

ほっとしました。
で、ちょっと嬉しく誇らしい。


その隣に飾られながら、何も選ばれなかった
私の作品はというと....次回ご紹介しましょう。

結構、工夫したつもりだったのですが....


 ▼砂浜美術館Tシャツアート展
  http://sunabi.com/doc/tshirt.html
  
 ▼総合高知研究「砂浜美術館」*ぜひ「ひらひらの文化」をご高覧あれ
  http://iii.cc.kochi-u.ac.jp/eco/graduate/sogokochi2001.htm


久米 信行 網縁作務処
国産オリジナルTシャツ@久米繊維
オーガニックコットン&アートTシャツ@T-galaxy.com
ブログ起業論講師@明治大学商学部
ブログ公開出版「見る前に跳ぶ技術」

2008年01月17日(木)更新

自在人小池アミイゴさんご来社とブログ紹介の感激

デザインガーデンDESIGN AWARD2007の審査委員会でお会いした
イラストレーターにしてDJの小池アミイゴさんがご来社くださいました。




小池さんにお会いした第一印象は....

「あ、Tシャツが本当に好きなんだなあ」...です。

わが数奇な生まれと育ちと仕事柄「それだけ」は直感でわかるのです。

審査のコメントを読めば、きっとおわかりいただけるはず。




もう1つの印象は...「ROCKな人」

これは、わが辞書においては「ROCKをやっている人」
という意味ではありません。

たとえ誰に何を言われようとギクシャクしようと
わが道を貫く生き方を自然に続けているという意味で...

例えば、ロッキングオン創刊者の一人 橘川幸夫さん
今は文部科学省と教育プロジェクトに没頭していてもROCKな人ですし、

橘川さんの師匠である、91歳の林 雄二郎先生
経済企画庁や日本財団、トヨタ財団で活躍した後でもROCKな人です。

「自在」...それも「自ラ在ル」と「自ズカラ在る」を止揚した
「自在」という言葉が近いでしょうか...。


だからこそ、ROCKに見せかけて、どこか優等生なニオイがするものが
ザンネンながら多かった今回の応募作品群に対して、
小池さんの心は動かなかったのでしょう。




それに比べて....

小池さんの書くプリミティブな表現の「花」からは、

他の人から見れば当たり前かもしれない
花々の色とかたちを前にして心の底から驚き、

目と筆でやさしく愛でながらも
頭を空っぽにして書いている様子が

静かに伝わってくるのです。




そして...

私たちの会社、そして錦糸町の訪問記ブログは
まさに、小池アミイゴさん以外は書けないものでした。

何しろ、私たちの会社を訪ねて、

お客様をお迎えするスペースの佇まいを
お褒めくださる方はいらっしゃったとしても

会社の前の風景を面白がる方は
いらっしゃらなかったのです。

もちろん、この風景を背にライブをしようなどと
思う人も...いらっしゃいませんでした。




私自身は、錦糸町、そして墨田区の魅力は、
まさに、この新旧、清濁、東西併せ呑む
カオスにこそあると思っているので、

小池アミイゴさんが
福岡のカフェやレコードレーベルで実践してきた、
それ自体がまさにアートとも呼べる活動に深く共感したのです。

きっと、2011年に向けて機運が整う
この東京下町で、小池アミイゴさんと一緒に
愉快なことができそうです。


ご来社とブログを、どうもありがとうございました!!


 ▼TIS:小池アミイゴさんのプロフィールと作品
  http://www.tis-home.com/cgi-bin/artist.cgi?id=54

 ▼amigos airplane錦糸町、久米繊維工業さんへ
  http://amigos.yakuin-records.com/?eid=569948


久米 信行
国産オーガニックコットンTシャツ@久米繊維
エコロジー&アートTシャツ@T-galaxy.com
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